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1 人中、0人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 3.0
もっと簡単に書けないのだろうか?,
By チャマオ (うえの) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 意識は実在しない 心・知覚・自由 (講談社選書メチエ) (単行本(ソフトカバー))
「知覚されている対象は、それ自身の中に、隠れた尽きることのない豊かさを持っており、そうであるからこそ、まさしく一個の物といえる。物の実在性は、その顕在的な面の背後に潜在性が秘められている点にある」 「環境と私たちの相互作用は、区切りの無い連続的な過程であり、その過程の中から『心のはたらき』とよばれるものを 切り出してきている」 「クオリアは一見すると具体的な経験の質を扱っているように見えて、実は知覚される世界の一断片を人為的に 取り出したものである」 と始まり、”知覚される世界”が実際に我々に影響を与えるのであり、脳内で閉鎖的に完成する世界観(イデア的) を批判していく。そこから得られる当然な帰結は、私たちの個性やら、人間性は、かなりの程度、環境に依存すると いえるのではないかと。つまり、私たちが普段”自己”と呼んでいるものは、私たちな内的な自意識を指すものではなく 私と、環境の相互関係の特異さをそう呼ぶべきである。 また、『環境』は、何も人間だけではなく、他の生き物、機械、社会制度も含まれる。 つまり、私の自己は、あなたであり、日本であり、近くで寝そべっている犬である。 こうした事柄を支える理論は”アフォーダンス”とよばれ、日本では佐々木正人さんの本が有名であると思う。 私の理解が正しければ、”イスは座ることをアフォードする”、”人間という体は、二足歩行をアフォードする” といったように、行動の方向性を決めるのは、物の構造なのであるという理論である。 しかし、本当に自意識を批判できたかというと疑問に残ることもある。 「言葉の意味とは辞書や文法に載っているものではなく、発話することによって話者が聞き手に理解させたがっている 意図に他ならない」 「言語のルールはコミュニケーションを生み出すものではなく、コミュニケーションを制御するものである」 なるほど。人間以外の動物たちもコミュニケートしようとする行動があればそれは言葉と同じである。 猫も、犬も、蛙だって言葉を持っているかもしれない。 言葉というものは、”自意識”と結びつきやすいので、この論はそうならないように釘を刺しているのである。 この論によれば、発声(言葉)のコミュニケーションがあり、そこから文法が創発し、文法が私たちの、言葉を制御する といった、循環的なものになるのはわかる。というか、社会制度など、ほとんどあらゆるもので、この創発とよばれるものはあると思う。 河野さんは、環境中に様々に存在する、アフォーダンスの関係を選択することこそ自由であり、生命とは選択する ことであるといっている。 しかし、私は、生命の本質とは創発にみられるような、エントロピーを減らす方向、不確実さを減らす方向にあるように 思う。そして、様々な場所、階層で、創発が起きるというのなら、どうして私の中でそうした創発と制御の循環が無いと いえるのか。だとすれば、この「制御」と呼んでいるものは私たちが普段、自己と呼んでいるものに近いのではないか。 「意識は実在しない」がこの本のタイトルであるが、そうした事に重要なファクターが書かれていない。記憶・経験の与える 影響とかと、本の語る物語の影響など。私は、環境保護を行うための哲学的基盤が欲しくてこの本を買ったわけではないのだ。 それから、この本で語っている、あるいは語ろうとしていることは、非常に可能性のある分野だと思うし、今のストレスフル な現代人に必要な”アクター”だと思うので、もっとわかりやすく書いて欲しかった。
11 人中、3人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
「心」に関してのリードを引いてくれる書籍,
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レビュー対象商品: 意識は実在しない 心・知覚・自由 (講談社選書メチエ) (単行本(ソフトカバー))
端的に言えば「心」に関してのリードを引いてくれる書籍です。どうも論証にはこだわっていないようで(専門書ではないという事でしょうね)、定義がしっかりされないまま論を突き進んだりといったところもあって、置いてけぼりを食ったりしますが、世界をつなげようとしている良書だと思います。
19 人中、5人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 4.0
忘れ去られた「行為」(身体性)としての世界。,
By
レビュー対象商品: 意識は実在しない 心・知覚・自由 (講談社選書メチエ) (単行本(ソフトカバー))
あたかも、唯脳論が「神」に取って代ったかのような状況の中で行為なしに獲得したものがあるものか。という至極当然のことから出発する。そして、主・客の間に再帰という第三項を入れる。その結果は、脳とは弁別器であるという事実である。 「知覚」という行為は、不変的な構造(ゲシュタルト化、自己組織化、まとめあげ)の探索的調整活動及び自動的な現実吟味の機能(胃腸は私たちが自覚する前に何が消化できて何ができないか、何が栄養となるかについて既に世界と契約を取り交わしている)によってその現実性を保証されている。触覚が視覚よりも現実的であるということはではない。 そして、実在しているものは具体的なものであり抽象的な同一性を保っているものなど非実在である。 また、感覚とは世界を測定する行為である。世界について何の情報をもたらすものではない。 「脳」とは、弁別器である。 「生命」とは、選択することである。「言葉」もそうである。 「知覚」は、変化する刺激作用の中から安定的な不変項(ゲシュタルト)を抽出する行為である。 対象から因果作用を受取る過程ではない。 「知覚」を世界内の関係性の抽出として捉えたとき「デカルト劇場」としての「意識」、「心」を想定する必要はなくなる。 全ては、環境と円環的・再帰的に相互作用することで成立しているということである。 「脳」だけを取り出しても何の活動もできない。自己は環境に拡がっている。 人間内部のはたらきはそのループの一部をなしていて、より小さな円環的・再帰的作用が入れ子状をなしている。 「知覚」における感覚や「感情」における喜怒哀楽などの要素(単位)があるとする仮定は必要としない。 それは、区切りのない環境との連続的相互作用過程の中から「心のはたらき」と呼ばれているものを切り出しているだけだ。 翻訳調の文体でかなり読みづらい。思考が未だ十分こなれていない嫌いはあるが個々については斬新である。例えば、 記憶(心理的用語)について。 記憶は再現性や正確性が求められる。動物が自然の状態で備えているものではない。(求められていない) 正確に過去を再現するにはトレーニングが必要となる。そしてそれは、社会が求めたものに他ならない。 感情について。 容易に納得できないものかもしれないが身体的欲求と異なり規範的であり社会的価値を反映している。 要するに、両者とも環境との相互作用であり社会的に定義されたものであるということである。 それは、「悟りの中枢は何故研究されないのか」という理由を考えてみればよい。というのである。
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