西洋の対語として「東洋」があるとしたら、そこにはにはどのような哲学的、思弁的共通性があるのか。明瞭な形では存在しえなくても、東洋哲学の諸伝統の蓄積の上に新しい哲学を生み出さなければならない。
こんな壮大な問題意識から著者は膨大な知識を駆使し、著者独自の「共時的構造化」の方法によってイスラーム、ギシリア、儒教、仏教の系譜を縦横に跋渉して知の体系化を目指す。スコラ哲学、プラトン主義、新プラトン主義、ユング、フッサールの現象学など西洋の系譜もしっかりと押さえながら、記述は明瞭かつ分かりやすい。
そこかしこに溢れ出る術語概念に対する深い理解と分かりやすい説明は、なるほど、30カ国語に熟達した語学の広範な知識に裏づけられている。圧巻なのは、密教(esoteric religion)に関する奥深い理解が、本書全体を通底していることだ。凡庸な学者は、顕・密の顕を極端に重視することはあれども、密に対する見解があまりにも表層的なことがままある。
顕・密にわたる認識についての明快な枠組み設定がp214の意識の構造モデルで示されたくらいから、東洋思想に共時的に存在する哲学は、まさに「密」に集約されていることに読者は次第に気づいてゆく。