本書は具体例が豊富で、歴史的知識を多く前提しており、私の脳裏には読書中、猫に小判という言葉がちらついた(同様に難解に思う読者は、各章最後のまとめらしき部分を先に読むと入りやすいかもしれない)。むずかしいなかでも、国民意識は自然なものでないという話はよく伝わってきた(自然でない「発明品」であるものに命までかけてしまうんだからなぁ)。著者は国民意識がつくられるにあたって「出版語」が重要だったと説くが、どういう点で重要か。それが比較的わかりやすく書かれた場所があったので紹介してみる。「想像の共同体」というときの「想像」の原点に触れた箇所なので、ここを理解すれば全体の半分は理解したといってよいと思う(ことにする。猫だし)。
「〔国民意識の基礎を形成するに当たり出版語の果たした役割として最重要だったことは〕出版語が、〔聖なる言葉である〕ラテン語の下位、口語俗語の上位に、交換とコミュニケーションの統一的な場を創造したことである。フランス語、英語、スペイン語といっても、口語はきわめて多様であり、これら多様なフランス口語、英口語、スペイン口語を話す者は、会話においては、おたがい理解するのが困難だったり、ときには不可能であったりするのだが、かれらは、印刷と紙によって相互了解できるようになった。この過程で、かれらは、かれらのこの特定の言語の場には、数十万、いや数百万もの人々がいること、そしてまた、これらの数十万、数百万の人々だけがこの場に所属するのだということをしだいに意識するようになっていった。出版によって結び付けられたこれらの読者同胞は、こうして〔中略〕国民的なものと想像される共同体の胚を形成したのである。」(P.84)