著者2人と極めて特殊な若者2人の居酒屋談義。
まず、この2人は次の点で特殊である。
2人は「極めて社交的な若者」である、という点。2人は、早稲田・立教という「有名私大」の「文系学部」に通う。大学では「ゆるいサークルに所属」。
2人は「首都圏育ち」で、「実家から通学」しているという。
極めて特殊な存在であることがここでわかる。仮に「」で括った要素が、若者の7割に相当するとしても、70%の6乗で、全てに該当するのは11.6%になる。勿論、大学進学率は5割程度だし、有名私大に行くのはその中のごく一部だ。さらに少数になるのは間違いない(なお、原田氏が連れてきた、とのことだが、別の著書では、街頭で声を掛けて、応じた若者にインタビューをする、という方法をとっており、その時点でも偏りがあると思われる)
さらに、鉄子の「地方から進学してきたような学生は、住む世界が違う」発言のように、そこから外れた存在は都合良く切り捨ててしまう。
そして、その草男、鉄子が全ての若者の姿にすり替えられるため、明らかに偏った若者像が作られてしまう(しかも、会話の最中で、著者らが誘導している場面も見られる)
また、著者2人の言う過去も、「自分がそうだった」とか、そういうもので何の比較もない。
草男の「安い居酒屋などでの飲み会を沢山してバイト代などが全てなくなる」に三浦氏が「自分の頃はそうじゃなかった」と驚いてみせる場面があるが、三浦氏は新潟育ちで、大学進学を機に上京した人物。先ほど、鉄子の発言で都合良く切り捨てた「地方の秀才」だろう。そもそも比較にもなっていないのだ。
このような内容なので、全く価値がない。単に偏見を蔓延させるだけである。
1点で当然である。