本書は、情報社会がこの17年ほどで個人がメディアになれる状況に到達していることを報告し、そのメディアでのリテラシーの一部を提示している。
2011年3月11日の大震災の当日、著者は「仕事が全部ぶっとんだ」ことと、当時、フォロワーが11万人いたことから、自分が「情報ハブ」になれば有効な情報伝達ができるだろうと考え、実践したという。実際に当夜の避難場所情報を津田のツイッター情報で知って利用した人が多かったそうだ。
1995年1月17日の「阪神・淡路大震災」の際、金子郁容氏は被災地に入りパソコンとインターネットで情報を流して被災者の心を和らげ、種々のボランティアを実践した。その報告は、1999年刊『コミュニティ・ソリューション』岩波書店にある。しかし金子は、特定の伝達相手を多数保有していたわけではない。
その津田と金子の違いが、この16年間の情報社会の状況変化を示している。
現在、津田のフォロワーは20万弱(198・195、2012年1月15日)。津田は、自分がメディアになり、自分が伝えたいと考えることを伝達したいと考えていたという。その思いが大震災で実現したのである。それで社会に貢献できた。
すると問題は、その自分がどのようで在るかとなる。情報社会で公私は、かなり入れ混じるほかないと、ことに1995年以降、考えられるようになった。拙著『仕事術』(岩波新書、1999年11月刊)は、そうした問題意識で書かれた。その書で私は、「公私融合」というキーワードを使った。津田は本書で、SNSはもともと「公私混同メディア」の性格を持つと書いている。「公私混同」は言葉として悪いイメージがあるから、これは「公私融合」がいいと提案しておく。
さらに主体が問われるために、その主体をはぐくむ方法が重要となる。津田はオフラインで人と会うこと、読書、ことに古典を読むようにと提案している。賛同する。さらに付け加えれば、歴史を学ぶこと。新しい文化は、旧来の文化の上に変化しつつ積み重なるものである。ことに日本において。これは加藤周一が強調したことである。「個人メディア」の問題にしても、先に金子の例を挙げたように、連なっている。
本書で高齢者が携帯電話でメールを打つ例、避難所でツイッターがコミュニケーションツールとして使われていることなどを報告している。従来とは違う利用者と方法が情報社会の新現実を生んでいる。
私は78歳で出歩くことがやや困難な者として、ツイッターとフェィスブックをひとつの居場所として利用している。今後、このツールを利用して、生き延びるためのアイデアさがし、支援さがしに使いたいと考えている。そのための環境整備が必要であるため、津田のこれから創りたいという「政策メディア」に期待する。