能楽に着想を得たと思われる短編2作、中篇1作を収録。
苛烈な愛情を持つ者たちを彼岸に置き、彼らと現実との狭間に陽炎のように立ち上るものに目をこらして書き留めたような作品群だ。
過去の中山可穂作品のような、濃厚で鬼気迫る恋愛小説を期待すると肩透かしをくらうだろう。感情の襞は息をひそめ、物語はどれも、地に足をつけてやや器用にすら立ち回れる者の視点から語られる。
これまでは恋の只中にある主人公たちの感情を浮かび上がらせる「舞台装置」に過ぎなかった周囲の人間。ぐるりと回って彼らからこれまでの主人公たちを見たとき、そこにあるのは、肉感を伴う「喜び」や「痛み」ではなく、どこか遠い世界の出来事のような空虚な、そして幾許かの憧憬をすら含んだ「悲しみ」なのである。