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犯罪をおかした子どもたち自身も壊れているが、ほとんど例外なくそれ以上に壊れているのはその家庭や親である。おそらく誰もが似たような問題に多少なりとも出会っているのではないだろうか。思い当たる節のない人は幸いである。~~
「回避型」つまり現実逃避型の子どもはアニメなどのファンタジー世界やゲームに没頭してしまい、実人生での思い出がとても貧しい。人間関係が貧しいところに呼び水となって、ゲームやファンタジー世界に耽溺するケースが多いという。そういう意味で、筆者は暴力的なゲームや逃避物としてのファンタジー世界には否定的である。~~
またカイヨワの遊びに関する分類を批判している。子どもの遊びには「共感する」という要素が最も重要であるが、これはカイヨワの分類には現れない。そして、共感性の喪失が生活のひずみとして現れるという。この意見には「ゲーム脳」のような表層的な疑似科学批判には見られない実感と説得力がある。~~
また「壊れた家庭」では個人を尊重しすぎるあまり過度な自由が与えられてしまい、かえってものの価値が分からなくなってしまうことを批判している。しかし医療少年院のシステムの中では、生活に規律・制限・限界を設定することにより忍耐心がうまれ、子どもに生命力が戻ってくることが多いという。これも凡百の保守論者と似ているが、筆者らは実際に入所~~者に身体でぶつかっているところが大きく違っている。~~
たとえば所内の規律を維持するため、入所者の問題行動に対処しなければいけない。施設内であるが、たとえば「カッコーの巣の上で」のアサイラムのように、入所者を力で強制的に抑えつけるだけでは意味がない。つまりその子どもの内面は何も変わらない。そのためには問題行動の背景をさぐり、オトナ側が真剣に取り組まなければいけない。~~
未成年犯罪者をまるで人間ではない怪物のように見るのは、ある意味では楽な方法である。なぜなら、理解したり、関わったりする努力をしなくてもすむからだ。しかし、そのような怠惰な人間こそが本当の怪物ではないかという気にさせられる。~
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