文化人類学的な論考を予想して読むといい意味で裏切られます。
所有や商品化といった現代社会の病理根源・・・そういった内容を予想していましたが、もっと根源的な病として「言語という病」があるのだと気づかされました。言語とは一つの病の源だったのです。
現代文明=テクノロジーとは違うインディオの社会的技術・・・加速し、分断するテクノロジーに対し、幸福と調和をもたらす技術があります(素晴らしい!)・・・奇跡的にインディオが保存していた調和のための技術・・・我々にとって極めて重要なテーマが語られています。
それは歌とシンボルとの取組という、インディオの二つの「仕事」です。
インディオの歌・・・超音波的で無指向的な声=音・・・音という要素のみに濃縮還元され、しかも小声・・・それは知覚の極限であり、そこで我々の知っている言語は溶解してしまいます。「言語果つる所」において「言語という病」は換骨脱胎され、征服と支配の技術としての言語的力学圏から共同体を保護することができたのだと思います。(だからこそ決して科学技術は発達しなかったのでしょう)
インディオの歌と黒人の歌の本質的な違いも面白い。黒人音楽の強く明確な主張、ビートやメッセージに対して、インディオは「言語果つる所」において小声・緊張・知覚の極限に至ることで「無敵性」を獲得しています。どんな歌が最も無敵か?どんな言葉が無敵か?カンフーと空手はどっちが無敵か、カポエラと吹き矢はどっちが強いか・・・みたいな次元で「無敵言語」について考えてみるのも面白いと思います。
幸福と調和の技術・・・それは既にそこに見えているのではないか・・・そんな夢を見させてくれる本だと思います。