人生の多くを獄中で過ごしたサドが、珍しく外の自由な世界にいた期間に執筆されたものらしい。
極悪非道、鬼畜ぶりではさらにパワーアップしていくにもかかわらず、印象は陰惨さよりも、陽気さ、自由と開放といった明るさが薫る。また、冒険譚の様相も呈してくるところだ。
ときには、あのジュリエットが、柄にもなく「人生を花でいっぱいにしたい」という(すでに血に染まった悪の花でいっぱいですが)女らしいセリフなども飛び出す。
その反動か、サドも少しはじけすぎたのか、勇み足なところもでてくる。2日弱で3人で1700人も拷問しては殺してしまったという鬼畜の宴はやりすぎ。
ともあれ、ジュリエットの類まれなる知性が存分に発揮されるのも、この後半であろう。前半では悪党たちの哲学に接し、また学識を持って練り上げ築いてきたジュリエットの哲学が明瞭になってくる。
途中のローマ法王とのやりとりは必見で、宗教批判だけでなく、歴代ローマ法王のスキャンダルを挙げていく痛烈な批判もあり、もう素晴らしく面白いし痛快である。
国王相手にその国の情勢や政治についてお説教を下し、痛烈に批判するジュリエット。「このくらいのこと、フランスでは3歳の子でもしっているわよ」は、間違いなく名ゼリフだ。
ジュリエットは、自分で「哲学者」を自称するだけあって、当時の哲学はもちろん、思想史、歴史、政治、文化、宗教、科学、かなりの知識を備えた破格の才女だという事実は注目に値する。(18世紀であることを考えれば、サドは相当な知識人だったのだろう)
なお印象的な最後も見逃してはならない。
本書と対を成す作品『美徳の不幸』の主人公、美徳にいきたジュリエットの妹の、実に悲惨な死に方。一方、ただ悪徳の道を歩んだジュリエットが、約束された未来、希望に満ちた結末にての大団円。なぜか清々しく感じた自分がいる。