本書でブッカー賞史上初となる2度目の受賞を果たしたJ・M・クッツェー。2003年には、文学的功績を認められてノーベル文学賞受賞の名誉にも輝いている。簡潔で鋭い文章を武器にするクッツェーが描くのは、新旧の思想や力が混在する社会に暮らす人々の心だ。カフカ的な不条理な展開を軸に、若さと老い、欲望と道徳のはざまで揺れる人間を冷徹なまでにまっすぐ見すえながら、読後感は決して冷たくはない。
本書でも、主人公は性欲という泥沼の中で哀しいくらいこっけいにもがいてみせる。職も名誉も失いながら、それでも性欲に振り回されてしまう情けなさ。新しい価値観と古い価値観がぶつかり合う混乱の中で暮らす不安と無力感。だが、あまりにみじめな主人公に怒りすら感じながらも、読み手は物語から目を離すことができない。なぜなら、彼の弱さは人間(特に男性)そのものの弱さであり、彼が恥辱にまみれるとき、読み手もまた堕ちていく感覚を味わうからである。
われわれはそうした情けなさから逃れることはできず、彼と同じくもがきながら生きていかねばならない。クッツェーの救いのない小説に不思議な温かみがあるとすれば、人生を不毛だとしながらも、苦闘する人間そのものは否定しない姿勢に共感を覚えるからであろう。(小尾慶一) --このテキストは、絶版本またはこのタイトルには設定されていない版型に関連付けられています。
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14 人中、12人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
さすがノーベル賞だなー,
By mayaco (東京都) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 恥辱 (ハヤカワepi文庫) (文庫)
セクハラで職を失ったケープタウンの大学教授が、自分の娘が移住した南アの田舎に行き、そこで、恥辱を味わう話。しかし、恥辱を受容した先に、新たな希望のようなものも見えて、読後感は、さわやかだった。
教授は、西欧の価値観の中では成功者と呼ばれるであろう職業についているが、それに面白みを感じないほどだらしなく伸びきった生活をしている。しかし、セクハラで職を失ってもなお、ある種のプライドがあるし、自分を保てている。そんな彼が自分の娘が田舎で直面している生活を見て、自分のこれまでの価値観が何の力も持たないことを徐々に感じ自分を保てなくなっていく。西欧の価値観や知的階級が通用せず、アパルトヘイト撤廃後で暴力的で混沌とし新たな価値が生まれ出ようとしている南ア。知的都会人の教授が、それらをどのように処理していくのか。グローバリズムでよく言われる多様な価値の受容がいかに難しいかを見せ、西洋中心主義を超えた次世代の価値のあり方の模索を問いかけているように感じた。そして、人間のたくましさも。 今、ふと思った。「恥辱」は、教授が田舎で味わったことではなく、もしかしたら、ケープタウンにいたときの教授自身を称しているのかもしれない。
6 人中、5人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
素晴らしい,
By ガチャピン2号 (東京) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 恥辱 (ハヤカワepi文庫) (文庫)
本屋で見つけ、何気なく読み始めました。簡潔、重厚な文体、飽きさせないストーリー、とても楽しめます。何回も繰り返し読みたくなる作品です。他のクッツェーの作品も読んでみましたが、私はこの作品が一番好きです。中年以降の男性におすすめします。
20 人中、15人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
この作品自体が、一編の詩である,
By
レビュー対象商品: Disgrace (ペーパーバック)
まず持って英語が素晴らしい。これほど平易な表現でこれほど人の複雑な感情が伝えられるのかと、驚嘆するほかない。これ一編がひとつの詩であると考えて良い。効果的な英語表現に興味のある人は、この作品から相当学べるはずだ。作品自体も、人にとっての性、生の意味を相当深いところで捉えていると思う。主人公のデヴィッドと、娘のルーシーはある意味相似形で、お互いの中に自分を見ているのだと考えられるが、そこにポストアパルトヘイトの南アフリカにおける社会的現実がオーヴァーラップする。出来れば、原文の英語で読んで欲しい秀作である。
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