今から5年前、1999年9月茨城県東海村で日本の歴史上類を見ない、臨界事故が発生した、その日ニュース速報でこの報道がなされたとき、原発の危険性を認識している人達は、ついに起きたかと憂いたことだろう、ついにわが国でも破局的な原発事故が発生したかと、その後事故の全容が明らかになって施設を管理していた従業員が被害にあい、治療の甲斐なく結果的に命を落とされた訳であるが、解せないのは、臨界事故発生から安全宣言までの間隔が異常に短かったことである、本当に安全だったのか、死の灰は漏れ出して飛散していなかったのか、特に茨城から以北の東北地方に死の灰は飛散しなかったのか、当時の政府が国民の不安や混乱を招かないために危険があるにもかかわらず、あえて安全宣言を発令したのではないか、しかし日本人の危機は今尚続いている、東海大地震や100年に1度の周期の関東大地震の発生がいつ起きてもおかしくないと関係者の報告をニュースメディアで耳にするようになって久しいが、恐怖の放射性廃棄物プルトニウムを今尚日本各地にもしくは原子力発電所を電力不足のトリックのもとに稼動させ続ける原子力産業を、日本政府が経済界が容認する、恐るべきは危機意識と自浄作用の欠如した愚かなる国家日本、エゴと快楽を最優先する愚かな民族日本人、現代日本人は未来の子孫にどのように弁明するのだろう、この危険極まりない恐怖の放射性廃棄物だけを受け渡して