この本、実に示唆的で、多面的な本だと言える。
「全ての人」に虚心に読んでもらって、意見を聞いてみたい。それが総合的な評価だ。
細かく言うと、まずは小説としての評価。
冒頭の入り方、伏線の張り方などちょっとごちゃごちゃして
必ずしも読みやすいとは言えないし、効果的ともあまり思えない。
物語を引っ張る登場人物も何者かわからず、入り込みづらくしている。
ちなみに本書の主人公はピーター・エヴァンズ弁護士(だと思う)であるけれど、
作中になかなか出てこない上あまり目立たないので、
ちょっと注意しておいた方が読みやすいかもしれない。
環境テロリストとの対決がストーリーの軸である本書、ハイテクを駆使したテロリストとの
攻防は手に汗握る。後半部に入ると息もつかせぬ展開。サスペンス×冒険小説として十分な出来だ。
本書におけるもう一つの大きなポイント、それは
「地球温暖化など存在しない」ということ。
少し誇張して書いたが、本作主人公達の属する陣営のそれが主張だからだ。
妄言ではない。クライトンはそれを裏付ける証拠を多数引用している。
時に物語の流れを阻害する程長く。
文庫本の巻末寄稿文で日本の大学教授は、クライトンが温暖化に対して態度保留している
かのような書き方をしているが、それは少し違うと思う。
(さらに本書刊行後に起こったハリケーン災害一つをとって、さも「温暖化の証拠」であるように
書いているのはどういうわけだろう?もっと長期的な視点で、科学的に検証すべきとの
本書の主張と相容れないようにおもうが・・・)
クライトンが、作品中、そして章ごとと巻末の長大な引用文献の掲載(文庫版では割愛)を通じて、
主張したかったのは、科学的に見て、人間の活動の結果としての地球温暖化は
存在しないか、現時点において観測出来ていないということ。
そして温室効果ガスへの対策などに莫大なコストを投じるのは現時点では時期尚早だということ。
「現時点」と書くと将来において確認されるだろうという印象があるかもしれないが、さにあらず、
現時点でそれは多様な可能性のほんの一つであるとの主張だ。
さらにクライトンはそこで足踏みをしているだけにとどまらない。
なぜ現実世界における我々が、頭っから「地球温暖化問題」を信じ込んでいるのか、
というところに話はすすむ。
それはテロリストや環境保護団体のせいなどではない(もちろん少しは関係あるが)
それが本書のタイトル「恐怖の存在」なのだ。
さてこの現代サイエンス小説の巨匠は、啓蒙された(?)我々への行動の指針までも作中に忍ばせる。
そしてどんな新しい考えもかならず世界にそぐわなくなるのだということ、
その時はきっぱりとその考えを捨てる事をも要求する。
それはたったの20年だという。
書かれている事が本当か嘘か、本書を読んでみてもらいたい。
その内容をある程度は自宅のPCで確認する事もできる。
その上でどう思うかはその人次第だ。