週末、買い物帰りに昭子は雪の中を外套も着ず足早に歩いて行く舅と出会う。
声をかけると、昭子と一緒にもと来た道を戻り始めた。
舅はどこへ行こうとしていたのか。
この日、庭続きの別棟に住む姑が亡くなり、舅が「呆け」始めている事に気づく。
昭和47年に本書が発表されてから老人問題は何も進展してはいないんじゃないか
と思うくらい、作中と今との社会に対する嘆きは一緒である。
義理の父にいびられ続けてきた昭子が「女」である為に
結局は茂造の面倒をみなければならない。
実の息子である夫、信利の態度に
「家出して全部信利に押し付けてやればいいのに」と何度思った事か。
頑丈で偏屈な茂造が全てを忘れて、
今まで見せる事のなかった笑顔を時折みせるようになったと思ったのもつかの間
体が弱ってきて、周囲に対する関心も失われ、再び笑う事もなくなっていく。
時間の経過がせつない。
「人は何の為に生まれてきたのだろう」と思わされる作品。