『
絶頂美術館』で西洋美術が描いたヌードの史的変遷を平易に語ってみせた著者が、今度は芸術家が体験した恋愛の数々がそれぞれの作品にどのような影を落としているかを綴った一冊です。
おそらく本書が描く芸術家の恋―と呼ぶには少々生々しく、性愛と呼ぶ方がよりふさわしいもの―は、美術史に詳しい読者なら既知の情報かもしれません。
モディリアーニが若くして病死した直後に窓から身を投げて後追いした身重の妻ジャンヌ。
年齢差がある師ロダンとの恋愛の果てに精神の均衡を失ってしまったカミーユ。
次々と愛人を作り、その愛人同士の取っ組み合いの喧嘩を喜々として眺めていたピカソ。
そのどれもが大変に知られた史実です。
しかし著者はこうしたエピソードのひとつひとつを、品格と深みある達意の日本語で綴っていきます。既に見知った史実も、話し手の語り口調ひとつで二倍にも三倍にも、涙ひきしぼる物語へと形を変えていくということを強く感じます。
そして芸術家たちの生きざまを通して著者が人生の真意について指摘することに、心衝かれることが一度ならずありました。
「性には、年齢に応じたありようというものがある。乳児が立って歩けず、老人が俊足では走れないように、性もまた成長と成熟に見合ったかたちで変容していく。(中略)
問題は、こうした快感の変移を『衰え』とみなす身体観が存在することにある。
『老成』というものに肯定的な価値を見出さない限り、これに伴う性欲や食欲の自然な変容は『衰え』としか認識できないことになる。」(52〜54頁)
「人は、その思いのほとんどを語らぬままに生涯を終える。
思いの大半の、その真の苦しみや哀しみを、ほとんど語らぬまま生を全うしていく。
(中略)
芸術というものが、かりにその存在を許されるのならば、その使命は、まさにそうした他者の痛みや苦しみに思いをいたすための、一助となり得る場合のみではないだろうか。」(264頁)
二度、三度と読み返したい、そう感じさせる魅力的な一冊でした。