前評判を耳にしてどれだけ不謹慎かと思ったが、そうでもなかった。むしろ高橋源一郎作品としてはまともな方に入る。
不謹慎の程度は、高橋源一郎を知らないか嫌いな層が不謹慎だと感じるあたりで程良くコントロールされている。
そして、どうですか不謹慎ですよね、と自分で言ってるようなものだ。
かつての高橋源一郎を知ってる層には近年の新作はすべて中途半端で凡作に感じてしまう。それはもうしょうがないことだ。
まあそれでも考えさせられる部分はいくつかある。
自分のできることをやろう、といったって、じゃあ俺は何するんだ? という問題へ回帰させられる。
売れないAV監督だったら何をするんだ? チャリティAVか? そう考えて見ればひどくシンプルな作品である。
それにしても、いろんなシリーズ名とか熟女女優とか出てきて、相変わらず高橋は相当なAVマニアである。
だが、そういう近年のAV業界の状勢を全く知らない人や、ハナからAVと聞いて不愉快な思いを抱く人には読み進めるのはつらいだろう。
AV好きだとしても、ラストはやや安易かもしれない。あのSODの名作500人S○Xのパロディに思えるからだ。
問題なのは途中に<挿入>された震災文学論だ。
おなじみの手法といえばそれまでだが、むしろ賛否が生まれるとしたら、これの<挿入>に対する是非だろう。
そうしておそらく一番言いたかったことはその中の、
「おそらく震災はいたるところで起こっていたのだ。わたしたちは、そのことにずっと気づいていなかっただけなのである」
なのであろう。このように、「実は俺ってインテリ」的な論説を<挿入>するのは高橋源一郎の常套手段であり、いいかげん見え透いてきたな、とは思う。
だから、この震災文学論の部分にはあえてモザイクが必要だったのではないか。これ入ってるよね的なモザイクだ。
しかし近年のAV業界は、モザイクを入れること自体が形骸化し無意味になっており、これ入ってるよねもすでに死語である。
ひょっとしてそこまで見越した上での、堂々たる震災文学論の<挿入>なのだろうか。
川上弘美の神様2011とセットで買った。
というか事実上セットで売られてるような気がする。
ただし、この組み合わせで買うと、とてつもなく虚しくなる。