師匠も持たず、今後の展望もなく、演じてみたい役もない。
常に空っぽの容器のような状態で、仕事のたびにそこに中身を注ぎ、全く新しい人間になる。
祖父は棺桶屋、中学二年で下田の女郎を買い、中退しては銭湯の釜炊き、十四歳で青島に密航しダンスホールの店員、次は釜山で弁当売り、日本に戻っても兵役を逃れるために唐津に逃げた。大陸に渡る直前憲兵に捕まり中国戦線に配属される。仮病を使い続け、前線から逃げて終戦後捕虜になる。連隊で帰還したのは一割にもいなかった。
俳優になってからの女性遍歴、家族との確執、息子浩市との関係。
若い世代は、好々爺とした三國しか知らないだろうが、圧倒的な虚無感に支えられた役者人生の業の深さを、著者は憧れを持って聞き続ける。最近の著者は取材対象への思い入れが強すぎてドキュメンタリーよりも情緒が全面に出てしまい興醒めすることもしばしばあるが、本書は著者が三国の話を聞く喜びを、一映画ファンとして素直に表した姿勢が好感を持てる。
三國に「なんで『釣りバカ』にお出になるんですか」と問いかけた緒形拳もすごい役者だ。