内田春菊の表紙に思わず「ジャケ買い」してしまった『ものぐさ精神分析』の岸田秀の新刊。
以前に文春新書から出ていたのだが、あとがきによると出版後にバイアグラについての論述に対して、ファイザー製薬の社員から事実誤認があるという手紙をもらったり、その後にもいろいろ考えたことなどが増え、ほぼ倍増という分量で文春文庫から出ることになったらしい。かなりお得である。もう70を超えるのに、未だに女の子と楽しんでいるような書き方が、なんか読んでいてビクビクする。いや、本当に楽しんでいるのかもしれないけど。
岸田秀に対しては比較文学者の小谷野敦が前々から批判的であり、
江戸幻想批判―「江戸の性愛」礼讃論を撃つという本も出しているが、本書を読むと確かに岸田が前近代に過剰な幻想を抱いているようにも見える。小谷野の最近のブログ(http://d.hatena.ne.jp/jun-jun1965/20080903)でも、本書が少し取り上げられている。
他にも、西洋と東洋のあまりにもクリアカットにされた二元論というのは、どうも眉唾もんのような気がしてならない。例えば、東洋は恥の文化であるから路上キスができないが、罪の文化である西洋人にはそれが神の名において二人でやるならば罪でないからできるという。しかし、もともとキリスト教はセックスを罪としたと岸田は書いており、なら公然と性的な行為をするのは罪に該当して、してはならないという心理が働く可能性はないのかという話にもなってくる。
ただ全体的に見れば、岸田の独創性あふれる性の言説というのは読むに値すると思う。
彼の性言説の大前提となるのは、「人間の本能は壊れていて、性的に不能である」ということ。人類は、発情期になるとオートマティックに性交をする動物のようには出来ないから、個々人が自分なりの性的幻想を持っているわけである。
トラウマとは語り得ぬものであり、精神分析家は患者の症状に架空の物語を与え、治癒する。性欲とは、人類にとってその真相が語り得ぬ七不思議のひとつに数えてもいいものではないだろうか。そう考えることができるならば、この岸田の「物語」も、その症状を説明する物語としては読めはしないだろうか?小谷野センセ。