読み始めた時は、茂木さんの初期作品的で、彼における近頃の銭儲け新書戦略とは異なり、路線修正したのかと安堵してみた。しかし、それは本書に収めれれている文章が2005年から2007年にかけての連載をもとにしているからとわかった。
さらにである。一冊の本になってみるとまったくのまとまりが無く散漫なイメージである。
結局のところ茂木さんは、日本の蛸壺的科学研究業界が嫌い(前から書いている)で2年間だけ居たケンブリッジのハイテーブルに憧れているのであろう。確かに現在の知の巨人かもしれないが、不満やボヤキの裏打ちをするための知では寂しい。
本書を読まれる方は今を生きているのである。彼自身はどうしても対立軸を設定したい様に思えてならない、どちらが良くてどちらが劣るのか。
そんな事を考えていたら、本書のタイトルの補助線とは対立をクリアーカットにするための補助線ではないかと思えてならない。
彼の言う多様であることの必要性にはまったくの同感であるが、頭の丈夫でない(養老さん的に)小市民が本書を読むと、茂木さん自身はクローズドコミュニティーを標榜しているのではないかと思ってしまう。すなわち頭の良い人間、芸術に長けている人間、技術に長けている人間だけが住む世界。
多様な思想や文化が多様な歴史を折り合いをつけながら築いているという文脈はどうも彼の住む日本には無いようである。
広告代理店的戦略でメディアの露出度を上げ、本を出版し続ける知の巨人は一体何を日本人に要求しているのだろうか?