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この「非情さ」は、マルクスがユダヤ人問題を解明しようとした際に示した
ものがモデルとして参照されているが、自らが〈ユダヤ人でありながらその
ことを全く介意していないように見えるマルクスの「ユダヤ人問題」のとらえ
かた、共同性としての人間のとらえかた、人間の関係を個人的な恣意をこえた
関係としてとらえるそのしかたにうかがわれる一種の非情さ〉であって、
〈個別的な意志や実践の場に立つ場合と〉全く断絶しているのだ。
また2番目の論文『新しい哲学』も、文中にある次の要約から明らかな通り、
30年後に『トランスクリティーク』として結実する正確な見取り図を示して
いると思えて興味深かった。
〈かくしてマルクスは資本家と労働者の対立は人格的には偶然的恣意的であ
り、「疎外された労働」が対他的に現象した帰結にすぎぬという『草稿』の
根本的なテーマの一つを、『資本論』において論理的に構造化し、しかも先に
述べた『草稿』の論理的アポリアを「史的唯物論」によってではなく、
「価値形態論」によって克服することに成功したのであった。それにも拘ら
ず、『資本論』の成就したものは、『草稿』時代のマルクスの包括的な
理論体系の一面であったことは否定できない〉
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