20数年前、単行本で読んでいたがこのたび再読。林達夫、久野収の両雄が鬼籍に入って20年そして5年が経つ。こてこての市民主義者久野、象牙の塔の引きこもり林と揶揄する向きもあろうが、その博覧強記、その外国語力、そして50年前のことを滔々と喋りまくる記憶力!それぞれ80歳と70歳の対談とは到底思えない。
この対談の主は林で、久野はインタビュアーの役回りである。よって林達夫の壮絶なまでの知識欲、好奇心、持続力、アマチュアリズムが全開(否まだ一部)。そりゃ驚愕ものだ。一例として「西洋思想におけるレトリック」といった半世紀に渉る林のテーマにしても、「アッシジのフランチェスコ」にしても林がここで述べている射程と深さにおいて後代は探求しえたか?言及される一つのテーマの各国文献をすべて紐解くことさえ大変であろう。ひょっとするとこの対論なかには、いまだに数多くの研究未踏のジャンルが残されているのではと思わせる。何せ林は書いたものをドンドン削り、勉強したもののうち僅かしか書かなかった人らしいから。本人は「書けなかった」と述べているがとんでもない。その著作を読んでみればそれはわかるだろう。これぞアマチュアリズム!生産性は悪いが、その人文主義的博捜は知への愛と厳しさに溢れている。溜息が出るほどの「教養」。高田里恵子はどう見るか?久野の座談名人ぶりも絶妙だ。
埴谷雄高・大岡昇平の岩波から出ていた対談とともに抜群の面白さ。