鶴見俊輔が80歳〜87歳の期間、岩波の『図書』で連載したエッセイの集成。終章は書き下ろし。
<この戦争で、日本が負けることはわかっている。日本が正しいと思っているわけではない。しかし、負けるときには負ける側にいたいという気がした。>(p34「駆けくらべ」)
アメリカの戦争捕虜収容所にいた19歳の鶴見少年は、日米交換船に乗って敗戦前の日本へ帰国する。
こんな風なものの言い方をしていて、その言を信じられるほとんど唯一の存在、それが評者にとっての鶴見俊輔だ。
<負けるときには負ける側にいたい>この言葉だけで深く打たれるものがあるが、それが信じられるとは崇拝しているからなのだろうか? 嘘ではないか? いや、そういうものではないと思われる。全部とは言わないが、多くの著作を読んできた一読者の率直な感懐として、鶴見のこの言が信じられるのである。
67ページの「弔辞」では、三島由紀夫の“自死”に対する吉本隆明の弔辞が引用されている。
<知行が一致するのは動物だけだ。>
<「知」は行動の一様式である。これは手や足を動かして行動するのと、まさしくおなじ意味で行動であるということを徹底してかんがえるべきである。つまらぬ哲学はつまらぬ行動を帰結する。なにが陽明学だ。なにが理論と実践の弁証法的統一だ。>
<こういう哲学にふりまわされたものが、権力を獲得したとき、なにをするかは、世界史的に証明済みである。>
これをすぐれた弔辞であるとしつつ、鶴見は三島への追悼の心もあると言う。金芝河の三島に対する罵りを退けることはできないとしながらも。
自己の歴史に対する応接を率直に描きながら、自らに深く錘を垂らし、それでいてユーモアを失わない見事なエッセイ集。