筆者は米国ジョンズ・ホプキンス大学の神経科学者だ。人間の「快感」という感覚は脳内のどういう変化によって生じているのかを一般人にも分かりやすく説明しながら、脳科学の最先端の研究成果を紹介している。
脳には解剖学的にも生化学的にも明確に定義される「快感回路」(報酬系)があり、この回路が興奮する時に私達は「快感」を感じている。この脳の一群の領域は、内側前脳快感回路と呼ばれているそうだ。その中で最も重要な部分は腹側被蓋野(VTA)と呼ばれているという。
脳の当該部分が「興奮する」というのは、シナプス小胞に蓄えれらていた神経伝達物質ドーパミンの放出が促進されることだ。
人間に特徴的なことは、この回路は固定的ではなく、経験(学習)を通じて持続的な変化を起こす。従って、記憶と快感は密接に結びついている。そして、著者の大きな感心は様々な依存症に向けられるのだが、依存症もこの脳内回路の持続的な変化として生じると言う。
「私達人間は、本能から離れた全く任意の目標の達成に向けて快感回路を変化させ、その快感によって自らを動機づけることができるのだ(p11)」 この一文は、人間の本質(少なくともその一面)に関する著者の洞察を要約している。 言い換えれば「習慣とは第2の天性である」ということわざは、脳の構造に根ざした真実だ。アマゾンにレビューを書くと言う今私がやっている行動自体、何の報酬もなしに「自分で動機づけ」しちゃっているわけですから(^_^;)。
サルの実験によると、サルはエサなどの生存上直接的な有用性のある報酬だけでなく、抽象的な情報そのものからも快感を得ることが確認されているという。従って人間もそうだろう。「抽象的な心的構成概念が快感回路を働かせられるようになっている(p192)」
そりゃ、よくわかるよ。 お気に入りの野球チームが勝って狂喜するファンとか、私達の日常でありふれたことだからね。
そこからさらに議論が発展して「観念」は依存性薬物と類似した働きもすると指摘する。これは重要な指摘だね。宗教でもイデオロギーでも自分が帰依している観念に対する執着が、時に非合理的なレベルまで嵩じることも、よくあることだからね。
「経験により脳内の快感回路を長期的に変化させる能力のおかげで、人間は様々なものを自由に報酬と感じることができ、抽象的観念さえも快いものにできる。人間の行動や文化の多くはこの現象に依存している。しかし残念なことに、その同じプロセスが快感を依存症へと変化させてしまうのである。(p195)」
著者は依存症を「快感のダークサイド」と呼んでいる。 ジェダイのフォースと、シスのダークサイドのパワーは表と裏、ポジとネガのように一体不可分の関係にあるということだ。
大変に興味深い内容でした。