1913年、少女はひとり船に乗ってロンドンからオーストラリアへと向かった。この少女は到着地で身寄りもなく、自分のことを話そうとしない。そしてあるオーストラリア人夫婦に引き取られ、ネルと名付けられて育てられることになる。
2005年、ネルは大往生を遂げるが、彼女の遺品をもとに孫娘のカサンドラはイギリスへと旅に出る。祖母が一体何者であったのかを探しもとめて…。
100年以上の時と二つの国をまたいでミステリアスな物語が展開します。
上下巻で700頁近い大部の小説ですが、実にスリリングなストーリーラインに引っ張られ、時が経つのを忘れて読みふけってしまいました。
この物語の源はビクトリア朝時代の19世紀末にあり、当時の暗く湿った時代の空気をゴシック調に巧みに表現しています。その一方で現代に生きるカサンドラは、物悲しい過去を背負いながら謎を追う、行動的な女性として描かれ、これもまた大変感情移入しやすい人物造形がなされているのです。
そして謎を解いていくことによってカサンドラが目にするのは、女性たちがかつて歩まざるをえなかった哀しく厳しい時代のこと。
しかしそれでも人間は昨日を乗り越えて明日へと歩み続けてきたこと。
「人生は自分が手に入れたもので築き上げるものよ、手に入れ損なったもので測っちゃ駄目」(下巻226頁)。
人生を肯定するそんな言葉が登場するのですが、その言葉が真に胸に迫ってきます。
最後にぜひ強調しておきたいのは、訳者の日本語が大変に見事であること。
物語の流れを堰き止めてしまうような硬質の訳文はひとつもありません。この小説があたかも最初から日本語で書かれたかのような錯覚をおぼえるほどです。
「survivor」を「へこたれない子」、「home」を「自分の居場所」と訳すところなどは、主人公たちの心情を鮮やかなまでにつかみとっていて、ほれぼれします。
こんな素晴らしい翻訳家がいたことを知らずにいて損をした気分がしました。
小説を読むことの悦びを教えてくれる書として、ぜひ誰かに知らせたくなる物語というのが時に私の前に現れます。
この『忘れられた花園』はまさにそのような書であると、いま私は自信を持って言うことが出来ます。