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志ん生的、文楽的 (MouRa)
 
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志ん生的、文楽的 (MouRa) [単行本]

平岡 正明
5つ星のうち 4.5  レビューをすべて見る (2件のカスタマーレビュー)
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商品の説明

出版社/著者からの内容紹介

待ってました
ご用とお急ぎの方こそ読まれたし
8代目文楽の語りの向こうに江戸の崩壊を見、5代目志ん生の噺の彼方に黄塵万丈の大陸風景を幻視する。これぞ平岡流落語論だ!
<主な内容>
●頭蓋骨の中の桂文楽
●水に落ちた幇間はぶちのめすべし
●文楽の「つるつる」
●志ん生の「つるつる」
●遠くちらちら火の手が見える
●満州における志ん生、圓生、森繁
●「野ざらし」マンハッタン
●穴どろ三人衆
●それからの「穴どろ」と志ん生の「富久」
●「悋気の火の玉」論より証拠藁人形
●文楽と志ん生の「締め込み」くらべ
●「寝床」の文楽と志ん生
●「松山鏡」および「厩火事」の民話
●「芝浜」の文楽ヴァージョンはあったのか
●落語の波止場と不心中
●巨匠が源内と言いまちがえた理由
●「居残り佐平次」と村岡伊平治
●戦後落語の黒い背骨
●志ん生「らくだ」と老舎『駱駝祥子』
ほか14本

内容(「BOOK」データベースより)

八代目文楽の語りの向こうに江戸の崩壊を見、五代目志ん生の噺の彼方に黄塵万丈の大陸風景を幻視する。これぞ平岡流落語論だ。

登録情報

  • 単行本: 470ページ
  • 出版社: 講談社 (2006/6/24)
  • 言語 日本語
  • ISBN-10: 4062135019
  • ISBN-13: 978-4062135016
  • 発売日: 2006/6/24
  • 商品の寸法: 19.2 x 13 x 3.4 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.5  レビューをすべて見る (2件のカスタマーレビュー)
  • Amazon ベストセラー商品ランキング: 本 - 890,014位 (本のベストセラーを見る)
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By jade7
形式:文庫
 平岡正明とは、JAZZ 評論家にして革命家!、アジテーターにして、マイホーム主義者など
意味不明、ジャンル分け不可の著述家であるわけだが、昨年物故された。
そして、とりわけ、我が青春の〜 と冠をつけて語らねばならないお方なのです。

「どれを読んでもスウィングする本を書ける著者は洋の東西にいないわけではないけれど、専門や
分野などへいちゃらに、何の主題を書いても読者をスウィングさせられる著者は少ない。平岡正明
はそういう秘芸の持ち主である。」
 松岡正剛の千夜千冊第七百七十一夜【0771】2003年05月12日

 と、わが意を得たりのオマージュを捧げてくださっているのは、松岡正剛先生である。

 15歳の時まで落語少年だった、という告白が文中何箇所かあった。そして、齢60近くして、図書館の
視聴覚室でヘッドフォンで聞く落語に再開したらしい。
 私は若い頃、執拗なまでの彼の読者であったから、平岡本の楽しみ方は身に付いている。どんな些細な
事象にも世界革命を遠謀せずにはおかない神掛り的幻視力は健在で、古典落語を通して平岡が見据える
何事かを、読者は見つけるだろう。平岡正明というフィルターを通して世界を見る。そして愉悦するための
秘術を学ぶのだ。
 おかげさまで、今日ツタヤで古典落語 CD4セットを借りてきました。
 これからお楽しみ。
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3 人中、1人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
形式:単行本
 ジャズ喫茶でジャズに聴き入ることと、図書館の視聴覚コーナーでヘッドホンで落語CDに聴き入ることはイコールである。これが平岡正明の創作方法だ。自分と徹底的に向き合う時間空間が大切なのだ。俺自身は落語はライブでしか聴かないけど平岡のアプローチは認める。対象へ迫ること(=自分に迫ること)、対象を解釈すること(=自分を解釈すること)は人によって方法論が違うはずだし、それでいい。平岡は自分を経由した記憶でしか語らないから、俺が気づいただけでも事実関係の誤認、記憶違いがいくつもあるけど、そんなこたぁ瑣末なことであって。データ処理の対極にある、対象を血肉化していく作業にこそ平岡の真骨頂がある。今の時代、レトリックとか理論武装、イデオロギーに重きが置かれないけど、俺はそういった外連味って大事だと思うな。自分探しとか言うけど、それって自分の中で完結、孤立することじゃなくってさ。自分を他者にどう位置付けるか、他者を自分にどう位置付けるかってことであり。平岡のアプローチはとても参考になる。平岡にはそのレトリックにいつもやられるけど、「二人の名人からさっそく学んだのは、話というものはドライブさせるものだということだ。文学+ドライブ感、このドライブ感から言霊が発生しているのが落語だ」「ジャズファンなら経験するだろう。ジャズのレコードは面白いが、ジャズ演奏のビデオはつまらない。視覚がじゃまだ」あるいは、「世界革命の視点なしに楽しい落語は奇蹟的な平民芸術だ」なんてさ。ジャズ、落語の総体としての捉え方もそうだけど、平岡の噺+演者に対する解釈はオリジナリティーがあって、ほんと面白い。
 今回、読んでて一等腑に落ちたのは、油井正一のジャズと落語の共通点についての引用だ。「どちらも枕(イントロ)も運び(アドリブ)もサゲ(エンディング)もわかっているのに何度もくりかえし聞いても楽しい」。よく出来たなぞかけである。
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