三宅伸治のコメントを例に取ろう。
本書に掲載されている三宅伸治の「追悼文」は、本人のブログ記事からの抜粋である。
当然であるが、原文はもっと長く、彼のメッセージには深い悲しみと、とまどいと、決意があった。勇気のいる文章だったと思う。
しかし、本書での乱暴な抜粋からは、それを感じることはできない。むしろ曲がって受け止められかねない引用のしかたである。
出版社は、三宅伸治にブログからの抜粋掲載の許諾を得ているのであろうか?
おそらく、とっていない。
なぜなら、『忌野清志郎 ロッキングオンジャパン特別号―1951-2009』での編集部からの追悼文依頼に対して、彼は「考えましたが、やはり200字なんかじゃ、とても書けません」と答えているからだ。
すべてのコメントについて検証したわけではないが、同様に、各自のブログの文章から抜粋したものが散見される。
出版のタイミングと分量から考えて、おそらくネット上のコメントを集めて、執筆者の許可なく、抜粋した文章を集めてまとめた本なのではないかと思われる。
出版社として忌野清志郎への追悼と感謝の気持ちを形にしたい、という真摯な命題はあったのかもしれないが、これでは「便乗商法」と受け止められてもしかたがないのではないだろうか。
残念ながら、安易な本作りであり、出版すべきではなかった本だとしか考えられない。
この本は、誰のためにもならないように思えてならない。