「この遺伝子をノックアウト(つぶすこと)すれば言葉が話せなくなる」「肥満に関係する遺伝子がある」。こうした発言は、1遺伝子1機能説とでも言えるだろうが、こういった考え方はよほどの素人でもない限り、今では高校の生物でも教わることである。ましてや心や行動を生み出すシステムが数個の遺伝子に一対一対応するはずはないし、すべて多因子的な要素によるものであろう。
しかしながらメディアを見ると、冒頭のような書き方をした記事・テレビなどが非常に多い。こうした誤解を招く表現についての問題点や、それに対する正しい知識をこの本は与えてくれる。したがって内容はたった一つの行動や側面についても、いかに多くの遺伝子群が働き、転写調節されているかということに費やされている。間違っても心に関する遺伝子はこれこれである、という内容を期待してはいけない。それは筆者の趣旨に反することであるし、明らかな間違いである。
また、本書の特徴的な点は、人の性格や行動は遺伝子で決まる、というようながちがちの遺伝子論ではなく、環境・生まれとの協調によっても遺伝子発現は変わり、その後の発達も変わるのだ、という両側的な立場をとっている点にある。これは当然の事実なのであるが、氏か生まれか、といった単純で拙い議論が未だに学会で(それも専門の!)なされている今、多くの人に読んで理解してもらいたい内容になっている。
遺伝子の名称が多く出てくるので、生物学的なバックグラウンドがないと少し退屈してしまうかもしれないが、それでも十分読みこなすことができる内容となっているのでお勧めである。