私は「香奈子」や「ミサキ」のように風俗で働いているわけでも、色気のある危うさもないし、「アベマチコ」のように何もかもが完璧でもない。
でも、どうして女という生き物は、「この男の心の中に居たい」と強く思う時の、情けなさや変な意地や甘えやプライドや弱さという点で、不思議なくらいに共感してしまうんだろう。
どうして他人事のように読み進めていっているつもりが、随所で鏡を見ているような錯覚にとらわれるのだろう。
私にはそんな錯覚が何度もあった。
正直、読み進める中で、主人公である投資家の男性が嫌でたまらないことの方が多かった。
彼にとって大事なものって結局なんなの??なんて答えが出るはずもないことを何度も考えてしまった。
一番なんて誰にも決められない。
どんなに大切に思っていても、本当にそれが一番かと聞かれると、本当にそうなのだろうか?と自らでも疑ってしまうものなのだ。
それが複雑な社会の中に生きている“人”という生き物なのだ。
どれほど大切にしたくても、何かを捨ててまで大切にすることは時に不可能だったりもする。
でも、それで良いのだ。
一緒にいたくてもいられないことの方がはるかに多い。
たとえ物理的にはそうであっても、せめて心は距離を超えて何よりも近くに寄り添いたい。
そんな素直な、誰にでも生じ得る気持ちが「香奈子」のメールの文末に何度も綴られる言葉に表れていた。
日を改めて、もう一度読み直したいと思う。
もう隣には寄り添えないけれど、幸せになってほしいと願っている人を想いながら。