1995年1月の阪神大震災の発生当時34歳、その直後から命の光を遺憾なく輝かせ被災者支援に取り組み続け、39歳の若さで3人のお子さんを残して逝かれた精神科医が被災から約14ヵ月後(1996年3月)に出版した書の増補改訂版である。自らも被災者でありながらその時を全力で生きていた著者の熱い想いが15年後の今にも十分に伝わってくる。著者に対しての敬虔な想いを持たずして読むことはできない。そして、今を生きる読者が彼の意志をどこまで受け止められるかが問いかけられている気がする。
阪神大震災での著者達の活躍は今にも受け継がれ、目に見える物的被害だけではなく、心の傷についてのケアの重要性も東日本大震災では当初からマスコミで報道されていたと思う。
では、生きている私たちには何が出来るのだろうか。著者は心のケアという看板を前面に掲げてアプローチすることを否定する。被災者は声にならない声を心に抱えており、それが声になることは長い時間をかけて安心できる信頼関係が築かれてはじめて起こることだという。専門家ですらそうなのだ。本書から分かることは、被災地外の非専門家にできることは、無理に声を聞くことではなく、そこにそういう声があることを理解すること、そして、ただ彼らの傍にいることだ。心のケアのために接するのではなく、共同作業のために接すること、そのことだけでも被災者の孤独感、取り残され感を払拭する大きな力を持つのだという。炊き出しや瓦礫撤去のボランティアがそこにいるだけで小さな支えになるのだ。(もちろん、ボランティアの合間には要求せずともお話をお聞きする機会も実際にはあるのだろうが。)そういう日常生活の中での些細なことの積み重ねが被災地ケアにとって大切なのだ。被災地外にあっても県外避難者は多いだろうから対応は同じだろう。
著者のすごいところは、心のケアが医療従事者によるカウンセリングのような閉じた空間、限定された時間での医療行為で取り組む課題なのではなく、社会全体でコミュニティーとして取り組む課題だと訴えていることだ。「無縁社会」が騒がれるようになる今から15年も前から著者は弱者を取り込むことの出来る「品格」のあるコミュニティーを築くことの大切さを訴えていたのだ。これはまさに小児トラウマという個別具体的な専門領域を極めていくことを通じて社会問題の根本原因までを見抜くに至った著者の慧眼があればこそであり、その考えは本書1冊を通して読むことで各人が学び取るべきことだろう。本書には非常に多くの学びがあると思う。
しかし、もしもその気はあっても時間に限りがあるのであれば、本書を読んでからなどと言わず、とにかく被災地のボランティアに1日でも参加し、炊き出しや瓦礫撤去を通して、時間、空間を共にしたらいいのだろうと思う。それこそが現状を見守ってくれているだろう著者の最も喜ぶことだろうから。