本書のタイトルにもある「心でっかち」とは、心と行動のバランスがとれなくなってしまっている状態を指す、著者の造語である。日本人は集団主義だなどという通説も、実は心でっかちの思い込みにすぎないということをユニークな実験で実証しているが、心でっかちな思考が、どれだけ私たちの「現実を見る目」を曇らせているかが理解できる。
ただし、本書の大半を占める社会心理学の実験は、似て非なる内容が続き、あまり耳にしない用語も出てくるため、丁寧にたどっていかないと混乱してしまう。やさしい言葉に置き換えて説明されているとはいえ、読み通すには少し努力が必要かもしれない。
「文化は、私たち自身の行動によって生み出され支えられている」ということが理解できると、次に気になるのは、大きな変化の時代にどう行動するべきかであろう。その答えは、本書にはない。ただ、現実を正しく見ようとする人と、心でっかちな見方しかできない人との行動には、大きな差が出てくることは確かなようだ。(朝倉真弓) --このテキストは、絶版本またはこのタイトルには設定されていない版型に関連付けられています。
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日本の文化が、現時点までの日本人の行動が均衡している状態であるとしたら、著者も指摘するように、日本の集団主義的文化は、バブル後のグローバル化経済の流れを受けて、崩壊する運命にあるであろう。そうなれば、集団に帰属することが自分の利益に必ずしも結びつかなくなるのである。そして集団内でけん制しあうよりも、集団の枠を越えて個人が自己判断するほうが、一人ひとりに有利に働く文化になるとしたら、それによってパフォーマンスが最大化できる組織や集団が生き残る。そのとき、個人個人は、役に立つ新しい「心の道具」(行動基準)をすぐに取り出せる場所に入れ替えることで、変化していく社会環境に対応し、組織は個人の力を最大限生かす文化をつくりあげなければいけない、ということであろう。あるいは、少子化や景気対策などの社会問題もそれぞれ文化であると考えれば、なにかのきっかけで個人個人の行動の変化を導くことができれば、これらの社会問題の状況も変化するということも言えるかもしれない。文化は心の問題ではなく、行動の帰結するところなのである。
「頻度依存行動」など聞きなれない用語がちりばめられているので、やや難解だが、全体の論旨としては文化と社会の構造の本質を丁寧に解説している。ただ率直に言って、本書の主張を現実のシチュエーションで直ちに応用する、あるいは、参考にする方法を、まだ見出すことができないので、もう少し、咀嚼して理解する努力が必要かもしれない。
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