昭和50年の直木賞受賞作の改訂新版。ずっと気になっていたのだが読む機会のなかった作品だった。
ノンフィクション“ノベル”の金字塔という紹介がされている。しかし読後の感想は、著者のその後の作品を考えればあたり前なのかもしれないが、『たしかに小説なのかもしれないけどこれって殆んどノンフィクションの世界、もっといえば新聞記事の世界だな』というものだった。
なぜなら、この作品において、犯人も含めて登場人物達のいわゆる“心の声”が著者によって綴られることはない。また、物語は事実の記述と場面の展開によって進行し、登場人物同士の“会話”によって進行することはない。
彼等の声は、書き手、あるいはインタビューをしているといってもいいかもしれない著者に対して発せられているように読めてしまう。宮部みゆきの「理由」という作品ははっきりとインタビューという手法で物語が展開するが、この作品にノンフィクションの匂いを感じる人はいないと思う。この作品ははっきりとインタビューという手法をとっていないものの小説の匂いが殆んど感じられない。作家の資質の違いが感じられる。
そして、何人も殺されているにもかかわらず、その殺人の場面を直接描写した頁は存在しない。殺された、という事実が読者に示されるだけである。また、何故殺したのか?何故犯人はこんな人間なってしまったのかという提示も、最後の最後になってあるキーワードが犯人の口から漏れるだけで、具体的に示されるわけではない。
で、この作品がつまらなかったかといえば、まったく逆で、ひじょうにおもしろかったのである。なぜなら、起きている事件は凄惨(ときには滑稽でもあるが逆にそれが怖い)なのに、文章は事実を淡々と伝えるだけなので、行間や登場人物の心理、そして文章の後ろに見える光景を自分自身で想像しながら読むとジワーっと怖さが滲み出てくる感じがしたからだ。