新潮社が「これまで本を書いていただいたなかに、このようなときにこそ話を聞いてみたい方」に「震災以降、私たちはどのように考え、どのように行動し、どのように生きていくべきなのか」を訊いた本です。したがって、
『日本復興計画』(大前研一)のように、復興の“ビジョン”の提案を試みた本ではありません。「(今回の震災は)
第三の敗戦」という人がいる一方で「
いつだって大変な時代」という人もいますし、異論を感じた部分はたくさんありましたが、逐一批判することは控えます。当方の心に留まった部分をご紹介することで、レビューに代えさせて戴きます。
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◆p.98〜108(南直哉)
(「共にある」「元気を与える」という)これら紋切り型の言葉は、何も言えない人間が、それでも何かを言うことを迫られて、他にどうしようもなく使うとき、…言えないという無力さの自覚があって、言うことが許されるのだ。……ある圧倒的な現実に直面したものが、その無力さにおいて、かろうじて発する言葉ことこそ祈りである。……「融通と節制」を、やむをえない我慢などではなく、我々の選択した意志として、結実させなければならない…そのためにどうしても必要なのは…他者との断絶において思い知る無力さを、再び自覚することなのだ。
◆p.129(大井玄)
明治初期のベルツや、今回外国人が感銘を受けた災害後の平均的日本人の行動がよく似ているとすれば、…それは江戸時代鎖国日本において完成されているから、「閉鎖系倫理意識」と呼ぶことができよう。…狭く資源の乏しい環境で、勤勉に働き、妥協を重ね、争わずに生きる間に作られた生存戦略意識である。
◆p.169(橋本治)
統一地方選挙なんかよりも、私は総選挙というものをやった方がいいと思う。戦後の焼け跡の中で、日本人は「新しい政治家を選びだす」ということをやったのだ。その結果が玉石混淆だったとしても、我々はもう一度、本当に日本の国のあり方を考え直すために、政治家を選び直すべきだと思う。そして、長い時間をかけて、政治家を育てて行くべきだと思う。
◆p.178(瀬戸内寂聴)
(被災者の皆さま、)どうか緊張と不安を少しでもいたわり、控えめでつつましい忍耐強い日頃の美徳を解放して、わがままになってください。あなたたちの犠牲の上に、難を逃れた私たちは日夜、夢の中までも、命の恩人のあなたたちの御苦労を分け持たせてほしいと、切に願い祈り続けているのです。