富国強兵の国策が具体化しつつあった明治30年代、舶来の製鉄法に押され消えゆく、たたら製鉄の手法の記録を後世に残すため、中国地方で調査聞き取りした、著者の努力が結実した一冊。まだ世に馴染みのなかった、科学的手法を用いているところも見逃せない。
(無論、現代の視点から見ると、科学的研究書としては、粗が多々あるが、時代的には革命的な一冊だろうと推測される。なにせ、西南戦争が明治10年、侍最後の反乱から、20年しかたってない。)
日本刀の材料製造法として有名なたたら製鉄手法の、明治30年代当時の手法を記録し、現代のたたら製鉄に関する書籍の下敷きになっているバイブル的書籍。ただ、内容的には、前述のように明治期の手法の記録が主で、わずかに触れられる古刀や新刀期については、著者の(根拠薄弱な)推測の域を出ていない。そういう意味では、古刀を目指す現代刀匠のバイブルにはなりえないと思うのだが……。
内容的には、はっきりと技術書。製鉄場のつくりかたや生産物の処理分類法が、細かく具体的に書かれている。古文体であることも含め、現代のたたら製鉄に関する書籍の2・3冊は読んでおかないと、ついていくのは難しいかと思う。単語や文章がなにを指すのか、複数の編集者がつけた注釈でも、明瞭とされない部分が多い。
また、一応、国内の他地域や国外の類似手法についても触れられているが、ベトナムが仏領インドシナを正式名称として記されている時代である。その後の調査研究の進展を考えると、いまでも正確なのは、明治期の手法の記録部分のみに絞ったほうが良いと思う。
価格的なことも含め、よほど、この分野が好きな人以外にはお勧めしない。好きな人には「おお、これがあの伝説の……!」的なノリで、光り輝いて見えるだろうが。(ちなみに評者は後者。従って評価の★5は、かなりバイアスがあると考えてください。)
ちなみに、著者は「玉鋼」「和鋼」「和鉄」など、現代では一般に使われる用語を、造語または専門領域から拾い上げ、現在の意味に定着させた人。日本鉄鋼協会の創立者の一人にして、同会の会長を2度勤め、日本鉱物協会の会長も務めている。東京帝国大学工学部長時には学年制を廃して単位制を導入するなど、学会並びにこの分野の黎明期に大活躍された人。民俗学者の南方熊楠の、鉄鋼分野の人かなあ、という感想である。