1985年8月12日、18時56分、日航123便は当時無名の峰に墜落した。当時、赤旗の記者であった著者はそれから26年経た今までその事故の取材に奔走することになろうとは思っていなかっただろう。事故調査委員会ですら明らかにできなかった真実を、著者の努力により明らかにできたことは大きな功績だ。
自衛隊は墜落現場の特定に10時間かかり、生存者の救出までにさらに8時間を費やしている。しかし、米軍や近隣の住民はすでに現場を同定していたのにもかかわらず、自衛隊はその情報を黙殺した。自衛隊は生存者の救助よりも、事故が自衛隊と関連がないかの確認を優先させたのである。もし事故が自衛隊と関連があれば、数々の証拠を隠滅せねばならないからだ。本書には、そのような証拠が十分な裏付けのもとに記載されている。
墜落直後は多くの乗客が生存していたことが生存者4名の証言により明らかになっているが、自衛隊が米軍の情報で救助活動を開始していたら、さらに多くの命が助かったであろうことに想い及ぶと胸が張り裂ける思いがする。
さらに著者は、事故調査委員会が報告した客室の急減圧はなかったことを十分な資料の分析で明らかにしている。当時の事故調査委員は八田桂三 東京大学名誉教授、榎本善臣 運輸省航空局審議官、糸永吉運 日本アジア航空顧問、小一原三 運輸省航空局参事官、幸尾治朗 東海大学教授であるが、結局彼らより著者の方が誠実・勤勉・優秀であるということだ。
事故の教訓を未来に生かせないのであれば、犠牲者は浮かばれない。犠牲者に心より哀悼の意を表したい。480ページの渾身作である。