藤原道長自筆の日記の中から,記事をピックアップして,現代語訳・解説・読み下し文・白文(原文は漢文)を順に並べる,というスタイルの本。現代語訳と解説だけを読みすすめると,数日で読み終わる読みやすさ。これで,道長の日常生活の様子が垣間見ることができる。
30歳で内覧の宣旨を受けて政権を担当するようになった道長だったが,共に政権を担うはずの右大臣顕光・内大臣公季ともに無能な公卿であった。公季などは,奉幣使に関する諸事を取り仕切るべき立場にありながら,病気を理由に突如「できない」などと言い出し,道長をあわてさせている(998年7月7日)。大納言以下の公卿も,年若い道長への反感を隠さなかったようである(999年10月3日には,審議のための召集をかけても,公卿たちは誰も参内しなかった)。
圧倒的な権力者ではあったが,後世の目から見えるほど安泰たる地位にあったわけではなさそうだ。