本書は、「小説新潮」の2009年11月号〜2011年6月号び連載された「徒然草REMIX」に、加筆・修正を行ったものです。
本書の大部分(P171まで)は、1つのテーマごとに7〜10ページ程度の短いエッセイで徒然草の諸面が語られます。そのテーマは、「あらまほしき」「わびし」「心にくし」「あいなし」「はかなし」のような古語であったり、「女」「友達」「老い」「子供」「物」のような切り口であったりします。
一般の古典訳が「〜であることよ」のような独特の語感であるのに対して、本書の兼好は「〜だよね」というトーンであり、兼好が相当に人間的に感じられます。私は、高校時代に「徒然草は、年寄り臭いオジサンが世相に小難しくイチャモンをつけている」という印象があって好きではありませんでした。王朝期の雅やかな物語や、和歌集の典雅な世界や、江戸期の興趣あふれる作品群に比べて興味が持てない作品と思っていたのです。
しかし本書を読んで、兼好がとても身近に感じられ、けっこう楽しめました。
また、P173〜205は「徒然旅」となっており、著者自身が、兼好ゆかりの京都・鎌倉を旅する部分となっています。あらかじめ綿密な計画のない自然な旅が感じられ、兼好が身近に感じられるだけでなく、著者の息遣いも感じられる好エッセイになっています。この部分もけっこういいです。
以上のとおり、私のように徒然草が「食わず嫌い」だった人には、とても親しみやすい楽しいエッセイであり、一読の価値は大いにあると思います。入門者が気軽に読めて、兼好や徒然草について興味がもてる本です。私は、本書を読んで、原文を再読してみたいと思いました。
反面、徒然草に詳しい人にとっては、(a) 著者の勝手な解釈が過ぎる、(b) 原文がほとんど出てこないのでオリジナルの良さがわからない、のような不満があるかもしれません。また、各編には、兼好と清少納言の架空の対談があるのですが、それがウザったいという感性もありうると思います。
私は、けっこう楽しみつつ読むことができました。高校時代以来の長年の徒然草に対する偏見を取り払ってくれてとても感謝しています。