この小説には、冒頭に「『彼岸過迄』について」という著者による緒言があり、いわゆる<修善寺の大患>による中断・再開の事情の説明と「彼岸過迄」執筆に対する著者の新たな抱負が述べられている。確かにこの小説には新聞小説として読者の期待に沿うよう入念でサービス精神旺盛な工夫と新たな意気込みが明らかである。
一見すると、大学は卒業したが生業を模索中で好奇心の強い田川啓太郎を主人公とするビルドゥンクスロマンのように受け取れるが、彼は全体のストーリーを繋ぐ役回りにしか過ぎないことはやがて明らかになる。
啓太郎が田口に指示されて、ある男を追跡調査するくだりは、さながら探偵小説のようである。そして須永と松本の長い独白、それぞれは独立した短編ともいえるが、啓太郎を軸に全体が繋がっている。きっと新聞の読者は、次が読みたくて新聞が着くのを毎日楽しみにしていたことだろう。実に巧みな小説の構成と描写である。
自らを高等遊民として自若として暮らす松本、そして近代知識人であるが故に須永が経験する“嫉妬”という複雑な心理の描写。近代という呪詛を背負い込んだ明治の青春の姿が描かれる。石崎等氏の注と解説はわかりやすく的確である。