この物語は、主人公ジェイニーが裁判所から帰ってきたとき、親友のフイービーに今までのことを話す形で書かれている。
母親のいない黒人の奴隷と白人の混血児のクオーターという境遇、不幸な結婚など悲しい女ではなく色々な事に挑み、精神的に強く、はっきりとものを言い、人を頼らず、駆け落ちをしても、屈強にあっても悲嘆にうちひしがれることなくたくましく生きる話。奴隷だったおばあさんに育てられ、一度目の結婚のときはまだ16歳で無理矢理ローガンキリックスという60エーカーの土地を持つかなり年上の不細工な男とのお見合い結婚をさせられる。彼はジェイニーを愛していたがだんだん暴力を振るうようになる。挙げ句には彼女をラバと同じように働かせよう、役立たずな女だと考えるようになった。そんな中ジョースタークスと出会い駆け落ちする。彼は新しい町で実業家となり、町長になる。お金はあるもののやはり彼女は満たされない。彼はとても焼きもち焼きで彼女の頭には頭巾をかぶさせ他の男達に彼女の髪を触らせないよう見せないようにする。見栄っ張りで彼女には命令口調だ。やがてこの男も暴力を振るうようになる。彼女と喧嘩の後、彼は腎臓が悪くなりあっけなく莫大な財産を残して死んで行った。あるときヴアージブル(テイケイク)ウッズに出会う。彼は彼女よりも一回りも年下でハンサムでギターを引いたり賭け事をしたり自由な生活。生活は豆摘みをしたりの貧乏な生活だったが初めてジェイニーは満たされた気がするのである。彼も彼女を愛し彼女も彼を愛していた。けれども不幸が突然襲ってきた。嵐のときに水に流されたジェイニーが犬に噛まれそうになったのを彼が助け、犬に噛まれてしまう。ジェイニーは愛しているのにライフルでテイケイクを殺さなければならなくなった。その訳とは!!!
親友フイービーに「愛は海みたいなもの」「物事を知るために自分で行動しなくっちゃいけないのよ。人はだれでも二つの事をしなくてはいけないの。一つは死ぬ事でもう一つは生きている事を自分で発見すること」と言う。
ところでこの物語で「女性は驢馬(ろば)である」と何度も書かれている。作者ニール'ハーストンの他の作品には「驢馬と人」という作品もある。人間としてではなく当時の黒人女性は驢馬のように扱われていたのだ。
それがよく表されているところは、ジェイニーのお婆さんの言葉、「白人はあらゆるものの支配者なんだよ。白人は荷物を投げ落とし、それを拾えって黒人の男に言うんだ。男はそれを言われたとおりにするんだ。そうしなくっちゃならないからね。だけんど運ばない。黒人の女たちに荷物を手渡すんだよ。私の見る限り黒人の女はこの世の驢馬(ろば)だね。」である。最後に愛していたのに殺さなければならなかった旦那の花の種の包みを持って思い出の場所に種を植えようと決心したところが涙を誘う。
「カラーパープル」の著者、アリス'ウオーカーが、「私にとって『彼らの目は神を見ていた』ほど大切な本はない」と言わしめた作品。