著者の定義する「日本写真」とは何か。もはや大家となってしまった森山、中平、荒木、篠山への93,94年頃の文章、そして佐内、藤代、長島、蜷川、大橋、ホンマといった(語弊はあるかもしれないが)現役バリバリの面々への08〜11年の文章。それらの加筆・修正と、いくつかの書き下ろしから追いかける。それはまさにタイトルによる写真家たちが「写真を手にした切実さ」なのだという結論が導かれる。
「生命と現実との共振関係のなかで撮られる写真は、曖昧で、わかりにくく、なにを伝えたいかを言葉で言い表しにくい。だが、その行為に必然性を感じる者はそれをつづけていくだろう。」という日本写真の行為を、僕はなんとなく気づいていたのかわからないけれど、この結論にとても納得する。写真に対するなにかもやもやっとしたものを言葉にするなら、この本が全てだとは言わないけど、いくらかはこの本に書いてることだと思う。この引用に続いて「それを解き明かし、文脈を与えていくのは言葉の仕事である。」とあるように。
また読み直す気がする本。
内容とは直接関係ないところだけれど、収録されてる写真は小さく、少なく、で結局googleで画像検索しながら話を追うことになってしまったのが残念。