知的な印象のその人を見かけ、昔から知っているような気がして話しかけてみると、はたして知らない人だった。それどころか、なかなか心を開いてくれず、近づけない。ただ少し時間が経つと、その人がぽつりぽつりと話す言葉がすっと飲み込めるようになる。昔からその人を知っていたのではなく、その人が自分のことをずっと見ていたのだ。
舟越桂のつくる人に、いたるところで出会う。出会うたびにそんな印象を持つ。
本書に、手書きの断片が多くおさめられている。
「私は知性に姿を与えたいのか?(四捨五入のような言い方だが)05,7/5」
「人間の存在の解釈を加え、その解釈に姿を与えたという事だろうか?「異形」について、06,11/6」
素材に何かを見出し人の姿を与えている彫刻家が、そもそも自分が何に姿を与えているのか自分に問いかける。おそらく創作はそのような順番でしかなされえないのだ。