私は、約20年前、大山倍達師範(極真会館では総裁と呼びますが、私は求道者としての大山先生は師範とお呼びするのがふさわしいと思うので、師範とお呼びします。当時は、極真空手が全盛期であり、私もこの本を全頁暗記出来るくらい読み込みました。その後、大山師範が逝去され、極真空手は内部分裂してしまいました。商業主義に走り、昇級昇段試験、試合などを餌に、濡れ手で粟をつかむがごとき、運営となってしまいました。私は、池袋の旧極真会館本部道場に行き、大山師範の修業時代のノートなどを見ました。山中でその日に行った腕立てなどの回数が正の字でいくつも書かれていました。道場も床が古くなって擦り切れていましたが、綺麗に磨かれており、清貧な本物の道場であることを確信しました。
しかし、そこにもう大山師範はいらっしゃいませんし、極真空手もありません。私は、商売人に化してしまった、極真会館を離れ、伝統空手を自分なりに研究しながら続けました。柔道や剣道、太極拳なども研究しました。
そこでわかったことは、極真空手は大山先生がこれらの武術をひとつひとつ研究され、良い部分を結集した究極の武術であったことです。かつての極真空手であれば、他の武術を学ばなくても、極みに達することが出来ました。大山師範の早すぎる死は、いまさらながらに、大きな損失です。
本書に書かれている鍛練方法は本物です。離れてしまって、自分で試行錯誤すればするほど、本書に戻りたくなる気持ちにかられます。絶版にならず、流通が続いていることに感謝します。