山田太一という人の、言葉の選び方が好きだ。大げさなことは何ひとつ言っていないのに、じわじわと養分のようにしみ込んでくる台詞が好きだ。多くを語らない、ときに不親切な文体が好きだ。
本書は、彌太郎さんという風変わりな男性との交流の物語。その中に、彌太郎さんの不思議な体験談がいっぱい詰まっている。つまり入れ子状態の小説。聞く者を惹きつけて離さないその内容が、物語の推進力になっている。「迷惑な人だな」と思いながらも、主人公同様「もっと聞かせて」と僕たちはもどかしくページを繰ることになる。「おおむね人間は思うことよりすることが本音だから、自覚してるより彌太郎さんの話を嫌がっていないのかもしれない、などとも思った」(本文より)
40代の主人公が、魅力的な女の甘言にのった途端に肘鉄を喰らわされ、理性で未練を振り切りながらも、どこかでまだ後ろ髪をひかれているもやもやした心境を、こう語る。「恋などというものに期待するところはほとんどないが、恋と似たようなものの近くにはいたいのだ」。甘っちょろいかもしれないけれど、こういう山田太一のセンスが僕は好きだ。