この作品で扱われているのは、終戦後の混乱期に弘前市で起こった冤罪事件、弘前大学教授夫人殺人事件である。
著者は、事件の発生から一人の青年が犯人として逮捕、有罪判決、服役、出所そして再審による無罪判決を得るまでを、事件関係者への取材を丹念に取材を重ねていくことで、裁判に現れていない当時の状況を明らかにしていく。
クライマックスは、青年の出所そして『殺人事件の時効完了後』に真犯人が名乗り出たことをきっかけとして、再審による無罪を勝ち取るまでの経過だが、真犯人とその周辺の人物の証言が中心となる展開は、まさに小説のような出来事の連続である。
反権力の姿勢が強い著者ではあるが、この作品では、当時冤罪事件を引き起こした警察等の権力に対して、いまさら声高に批判を加えることはせずに淡々と事実を積み重ねている。そして真犯人に対しても、彼が著者に述べた言葉と事実を記述するだけであり、それに対する著者の批判的な意見は表していない。
しかし、著者は、真犯人として名乗り出たことで彼を肯定しているのではない。彼が著者に語った言葉と現れている事実だけで充分であり、それ以上の意見は必要ないのである。
この作品が、事件の後追取材や関係者に対する取材あるいは大胆な推理に頼らなければならない凡百の作品と大きく異なるのは、真犯人に対する取材が成功したことにより、事実の積上げが完成しており、最早、著者の意見や推論は必要なくなっている点であり、まさに『ノンフィクション作家によるノンフィクション作品』である。