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10 人中、9人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 4.0
「誰かの死と断絶した私の生」という〈妄想〉,
By 青ち (大阪府) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 弔いの哲学 (シリーズ 道徳の系譜) (単行本)
「誰かの死と私の生は、徹底的に断絶している」。著者はこう述べ、にもかかわらず人はそのような断絶をたやすく見失い、そこに何か関係があるかのような〈妄想〉にとらわれ、その〈妄想〉が哀悼や追悼・葬礼や喪の仕事を支えているとする。その上で、「弔い」とは誰かの死と私の生とが徹底的に断絶していることを思い知ることだ、とするのである。 著者が述べていることには基本的に異存はない。にもかかわらず、あるいはだからこそ、そこには大きな取りこぼしがあるように思える。つまり、 「誰かの死と私の生は、徹底的に断絶している」 これもまた一つの〈妄想〉だという事実である。この二つの〈妄想〉は、「どちらかが真で、もう一方が偽である」といった関係にはない。本当のことは、一つではないのだ。 例えば、本書ではベネディクト=アンダーソンが徹底的に罵倒されているのだが、アンダーソンがこんなことを言っているとは評者には思えない。だが、著者にはどうやらこのように見えているようである。〈妄想〉にとらわれているのは、アンダーソンであろうか、著者であろうか、それとも評者なのであろうか…。 死や死者をめぐってもそもそ思考をめぐらしている評者にとっては、得るところのすこぶる多い一冊ではあった。けれども、上に書いたような「割り切れなさ」を著者がいともたやすく一刀両断に割り切ってしまっている点は、どうにも割り切れなさを覚える。そこにかえって、この本が積み残した広大にして豊饒な領域の広がりを感じた。
9 人中、7人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 4.0
死者との対峙,
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レビュー対象商品: 弔いの哲学 (シリーズ 道徳の系譜) (単行本)
加藤典洋の『敗戦後論』よりもはるかにビビッドに、生者が死者にどう対峙すべきか論じています。そのための本ではないだろうが、靖国や戦後補償の問題などを考える上でも示唆に富んだ本でしょう。 「<誰がために鐘は鳴る>のかと言えば、死者のためにではなく、鐘をつく人と鐘を聞く人のために鳴るのだし、遠くで鐘を聞きたがっている人のために鳴るのだ。」
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