黒岩の古代史作品としては、もっとも新しい時代を扱った作品になる。もっぱら日本史
上の大悪僧として語られる弓削道鏡を描いた意欲作だ。なぜ彼は悪人として後世に
まで汚名を残すことになったのか?一般的な歴史認識では、奈良後期に孝謙上皇を
男性的な魅力でたらし込み、あろうことか皇位にまで手をかけたアブラギッシュな野心
家といったところであろう。わたしも同様に思っていた。尊王の心のある国民にとって
皇位を簒奪しようとするなど絶対に許せない。そういうところから希代の大悪僧という
ことになったのだろう。実際には、足利義満も皇位簒奪の野望を実現しようと企図して
いたようだが、道鏡の場合は野望完成の一歩手前まできていたところが類例がない。
本作に登場する道鏡も野心家として描かれているはいるが、人間的な魅力に富んだ
多面的な人物として描写されている。物部の支流・弓削連の無位氏族に生まれるが、
成り行きで僧になる。その際、一番の心配のもとは女を抱けなくなること。名僧義淵の
弟子になってから、道鏡は出世のために看病禅師になることを目指す。(下巻に続く)