この本の基底に流れているのは、聴衆はあまり賢くない、という直観的叡智だと思う。もっとはっきり言おう。人間の理解力など高が知れている。「一を聞いて十を知る」どころか、多くの場合、聴衆は「一」を正確に聞き取ることもできず、言葉尻をとらえての「十」の愚劣な誤解をするのである。そして、感情的に騒ぎ立てる。さらにそれを扇動するために「国民」やら「市民」と意味不明の概念を用いて、説得しようとする弁士がいる。当時の民主制にあっても、やはり、理性ばかりが支配していたわけではなかったのだろう。この本は、真理を追いかけるものではなく、より「らしい」言説を編み上げるための指南書である。そして、それを熟知することは、愚劣な弁論術から身を離す訓練をすることである。