岩波書店から連載ものを依頼された時、ぼくはすぐに「延安を書こう」と思い立った、とあとがきにある。リービ英雄は既に当地を数回訪れている。その彼が更に見たいのはそこに今もある「現実」である。
2008年の「現実」なら幾らでもある。リービが住む新宿の飲屋では酔客が「マルクス主義はとっくに卒業した」と叫び、上海で出会ったインテリは「(中国)革命だって?いいえ、建国でしょう」とのたまう。しかしリービの考える「現実」とはそんな短絡した見方ではない。延安には100年の「現実」が重層化されて今も生きてある。その「現実」探しに「延安−革命聖地」を選ぶリービは、本人の否定にもかかわらず、「サヨク」だろう。
リービの思う「現実」、それは敗戦にまみれつつ延安にたどり着き洞窟を司令部とした1936年の毛沢東。そこを最初に訪れた西側ジャーナリストのエドガー・スノー。1963年に同じく洞窟に滞在した作家ヤン・ミュルダル。二人が書いた本は当時の左翼の聖典となった。リービの雇った運転手はこれらを昨日のことのように話す。革命を過去のこととする新宿や上海の人々、空港で自らの下放体験を冗談めかして語る裕福な夫婦とは、何たる違いだろうか。
延安自体は昔の延安ではない。市街地は高層ビルが建ち並び道路も整備されている。台湾から来た観光客は革命劇を横目にケータイで商取引に忙しい、といった具合。だがそこに日雇い仕事を求めてたむろする農民の落ち着きは、昔と何も変わるところがない。延安から発した革命を担ったはずの農民の「現実」を見て、リービの思いは中国近代100年の「現実」から一気に1000年の「現実」に及んでしまう。
農民は変わったのか。彼等を描いた書は「革命中国」に現れたか。毛沢東が文藝を革命の武器にしようとして設立した抗日大学は革命文学を作り得たか。作家リービ英雄の思いは暗い方に沈む。その時リービが思い出すのは、1971年に中国に来たキッシンジャーが、周恩来に向かって、「人類にとってフランス革命とは何だったか」と聞いた時、周が"We don't know yet"「いまだに分からない、いまだに解明されていない」と答えたという逸話である。
本書を読んでいてリービと共有するのは、浮遊感といったような感覚であろうか。ユダヤ人とポーランド人を父母として生まれ、中国人を養母とし、台湾、香港、アメリカ、日本と移り住み、英語、日本語、中国語に堪能で、日本語で物を書くといったアイデンティーの定まらぬコスモポリタンの想念を「生粋」の日本人が理解し得るのは、「この世界は浮遊している」と感じるポストモダンを生きる現代人に共有する意識である。この意味でもリービ英雄は他に類を見ない「紀行」作家であるのだ。