宮尾登美子の伝記物としては、歌舞伎役者十一代市川団十郎の妻がモデルの「きのね」茶道宗家を扱った「松風の家」香道の「伽羅の香」などを読んで来た。
「序の舞」は人間国宝秋沢久寿栄がモデルの「一弦の琴」と同様、芸術家本人が主人公の物語で、女性日本画家上村松園を材としたものだ。
上村松園の名は昔から聞いていたが、この作によりその生涯を詳しく知ることが出来た。明治時代社会全体がまだ何でも男子が殆どのころで、女子は家庭に入ってろだった訳だが、それを打ち破って出て来た女性は結構いて、戦後それらの人々が沢山評価されている。
画が好きでこの道に入ろうとした津也も、様々な悪意に満ちた横槍、貶めと中傷に苦しむが、理解者である母勢以の終始変わらぬ助けと、この子は優れたものがあるとみた教師たちにより、戦後女性初の文化勲章を受けるという、日本画壇の頂点にまで登りつめる。
これには本人の並々ならぬ画に対する熱意が、全てをはねつけていく過程が読むものを圧倒する。美人画で有名だが、苦労の生涯の中で作品に深みが増してゆくのが良く書かれている。
母の存在も大きい。美空ひばりの母親が一卵性双生児といわれ、大きな庇護者であったのは有名だが、母勢以はそれ以上ではないか。この母でなかったらここまでなれなかっただろうと思った。
「遊女亀遊」という作品は、幕末外人客を強要された遊女亀遊が「露をだにいとふ大和の女郎花ふるあめりかに袖はぬらさじ」の一首を残し自害した話を描いたものだそうだ。
この作品を展覧会に出品したところ、顔を滅茶苦茶にされるという事件が起こる。係りが早く修復をというのを聞かず「うちにへんねし持つてはる人間がこんな卑怯な真似したことを、見物の皆さんによう見てもろうたらよろし」と会期中は直そうとしなかったそうだ。
宮尾作品はどれもそうだが方言が雰囲気を出し、ここでも京都弁が実に美しく生かされている。1984年発行アサヒグラフの別冊松園特集号を入手「一弦の琴」と違い画を参照しながらの読書も良いものだ。
小説と事実は違う訳で問題点もあるようだが、絵一筋に生きた松園の思いが良く書かれており、淑やかでありながら強靭な女性を描いてきた宮尾文学の中でも本作品は一番かと思った。松園については随想「青眉抄」を読みたいと思っている。