わたしは著者より数年、下の世代だけど、アサグレ君のボンクラな毎日は、まるで昔の自分を見るようだ。わたしも外回りと称して山手線の外回りを何周もしたし、連日空アポをホワイトボードに書き込んだし、便所の中で惰眠を貪ったし、取り返しのつかない遅刻もしたし、就業中に銭湯で垢を落としもした。でも、若かりし頃の、このダメダメな感じって誰にでもあるし、今思えばとっても大切な日々だったと思うのだ。時間もお金もそんなに自由じゃなかったはずなのに、閑潰しと無駄遣いばかり繰り返していた。でも、「あの時、もっと有効な時間とお金の遣い方をしていたらなぁ」なんて思うのは野暮だよね。わたしはアサグレ君みたいに、その当時こころざしみたいなものは持っていなかったし、今もダメダメな日々は続いているけど、あの若かりし頃の恥と後悔の日々も、それなりに認めたいっつーか、認めないと、この先やっていけない(苦笑)。
この本自体「成功」物語じゃなくって、「成長」物語、つまり結果じゃなくて過程が描かれているのが良い。ほら、最近の本って、ためになるとか脳に効くとか儲かるとか、そんな実用ばっか求めてるけど、本来、「本」を読むなんて行為は閑潰し、無駄遣いの範疇じゃん。この本は、その範疇に納まっていて、読んでいて気楽っていうか、楽しかったな。あと「広告」っていうまさに80年代の空気を象徴する世界が描かれていて懐かしかったな。資本と芸術、マスと個人、理論と感性、プロと素人、みたいな対立項が交わる両義的なフィールドだったと思うんだよね、当時の「広告」って。70年代と90年代はまるで違うんだけど、その接合点、過渡期としての80年代を考えるとき、「広告」って重要なキーワードだと思うんだよ。「広告」が閑潰しと無駄遣いでいられた80年代って牧歌的だよね。マーケティングって言葉もまだまだ一般的じゃなくってさ。