戊辰戦争で妻を殺され、西南の役で息子を亡くした元会津藩士は、残された幼い孫娘を連れて辻馬車を営んでいる。危機に際して「父(てて)!」と幼い子が叫ぶと、血みどろの軍服姿の男が辻馬車から下りてくる・・・。
他の「明治もの」と呼ばれる作品とも共通する、どこまでが史実なのか判然としないほど巧みに明治の有名人が交錯して登場する「山田風明治ワールド」。この作品ではそこに加え、主人公の妻や息子が幽霊で登場し、「幽界」も重なり合ってさらに複雑な異次元世界が描き出される。
幽霊の登場で怪談の怖さもある作品であるが、この幽霊、たまになんともひょうきんなことを言ったりもする。この子も連れて行け、と言われて「それはだめだ、許容量を超える」と応える場面は笑えた。こんなところや、奇想天外な方法で人を隠したり、逃げ出したりと楽しませてくれる部分がある一方、主人公はじめ登場する人々の身の上などを通して描かれる、歴史の流れに翻弄されている一人ひとりの人間の姿は心に痛い。
明治維新の激動の中の、教科書的にはあまり触れられない、負けた側の歴史。会津藩は幕府の命に従って京の警護に就き帝を守っていたはずが朝敵として敗者となる。新政府が新しい藩をおくと、未開の極寒地斗南藩へ遷らされる。西南の役がおきれば、今度は政府側として薩摩を攻撃に行く。実際にこのような体験をした会津人の書き残したという書があることもこの小説で知り、捜してしまった。つい、日本史を勉強しなおそうとしてしまう誘惑に駆られるのは風太郎ワールドの良い点なのか、どうなのか。
明治政府のやり方を正そうとする自由党を、どちらかと言えば好ましいと思っている程度だった主人公は、はからずも彼らに手助けをしてしまう。それでも、壮士の一人が恋人を利用したときには「「あなたはきれいなことをやろうとしながら、汚い恋をしなさった」と怒り、「罪のない無縁の人を殺して何が自由の旗じゃ」と書く。「明治もの」の中でもとこの「幻燈辻馬車」などは、娯楽要素と共に著者の戦争体験から来る歴史や生き方への意見が強く現れているようだ。
本書中の言葉を借りれば、「人の世に情けはあるが、運命に容赦はない」。登場人物の数奇な運命や行動はお話としてはおもしろいが、実際にそんな人生があったかと想像すれば悲しい。
「おもうしろうて、やがてかなしき」話である。