平安の世の黒々とした闇の中、じんわりと広がる血の匂い。魔性の者・玉藻の前(たまものまえ)の艶やかな黒髪と端麗な容貌の中、ぽつりと燈る唇の赤。絵に色はついていないのですが、大きな黒の地に点々と散る鮮やかな赤、黒と赤の二色が目に見えるような作品でした。
月の光、すすき、曼珠沙華、鈴虫、紅葉(もみじば)。秋を彩るそうした絵柄が、所々にそっと置かれています。秋の気配が、ひたひたと身にしみてくるような風情。平安の雅な香りが、ふわりと匂ってくるよう。
岡本綺堂の原作は読んでいないので分かりませんが、この波津版・玉藻の前では、魔性の者に惹かれる千枝太郎こと千枝松(ちえまつ)の懊悩、迷う心にスポットライトを当てて描いています。その意味でも、魔の物語が痛切な恋の物語へと転調するp.250〜251の見開き二頁のシーンが素晴らしかった。それまでの黒雲がみるみる引いていき、すっきりした心持ちになったラスト二頁に乾杯!
本書のあとがきで、「私は岡本綺堂先生のファンで 狐好き 半七親分ラーヴ」と語っている波津さんには、ぜひ、半七捕物帳の中のお気に入りの話をいくつか、描いてほしいなあ。巻末に、同じく半七捕物帳を大の贔屓にしている作家・宮部みゆきとの対談を入れたりして。ああ、読んでみたいっ。